南紀ローカル通信

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中年男のバイト体験エピソード3(最終回)海の家

こんにちは、「南紀ローカル通信」の枯木屋ユージンです

 

以前の記事、『和歌山県白浜町に移住した理由』の中で、田舎へ移住して失業してしまうと、それはそれは大変ですと言いました。

逆に考えれば、収入さえ確保出来ればいいのだと。

 

 

私はそれが出来なかった為に、1〜2年の間いくつかのアルバイトで食いつないだ訳です。もちろん本業もこなしながら。

今回はそんなアルバイトの体験のお話をしようと思います。

なので、田舎へ移住する為の参考になる事は一切ありません。

ただただ、ちょっとした苦労話を聞いて貰いたいだけなんです。

しかし、ノンフィクションの範囲内で出来るだけ面白おかしく書くつもりなので、誰か一人でも読んで下さる方がいれば大変嬉しく思います。

 

どんなバイトをしたか? 

(スーパーの品出し、海の家、パチンコ店専属の広告デザイン、アダルトビデオ店)など、主にこんなところ。

全てのバイトについて書く事はないと思いますが、海の家、パチンコ店、アダルトビデオ店、の三つを予定しています。

今回のエピソード3 最終回は白浜らしく、海の家でのバイト体験です。

 

人生で一番旨かったビール

199△年 初夏

とりあえず、短期でいいから昼間に出来るバイトはないかと、探していました。

ハローワークだったでしょうか。

白良浜での(海の家)の求人をみつけました。白良浜はおそらく和歌山県で一番有名な海水浴場でしょう。

 

面接に行くと、熟年の社長が対応してくれました。

その企業は家族経営の食品加工会社で、毎年夏場だけ海の家をやっていると言います。

「他にも応募してきてる人いますか?」

「いる、みんな女子高生」

考えてみれば当然なのですが、私は何だか情けなくなりました。いい年をした中年が女子高生と仕事を取り合っているのかと。

しかし社長は、「枯木屋さん、来てよ。女子高生が怠けてたら注意したって欲しいんよ」と言います。「お盆、やにこ(凄く)忙しいから」

いくら女子高生でも、同じバイトの身分でそれは出来ないと言いかけました。

しかし考えてみると、ビキニ姿のおねえちゃんが何人も絶対にやって来ます。

白良浜の近所のスーパーにでさえ、団体で水着姿のまま買い物しているんですよ。こんな所、他にあるのでしょうか?

麦わら帽子を被って、そんなお客を眺めながら働く自分を想像してしまい、7月の中旬から行くことに決めました。

 

海の家と言っても、白良浜は砂浜エリアでの出店などの営業行為は禁止されている為、浜通りの道路沿いに夏場だけ営業するお店です。

ほとんどの客席は野外なので、開放感もあります。

初日、お客さんも疎らで、唐揚げの揚げ方やラーメンうどん麵のゆで方など、社長からレクチャーを受けました。

チキンラーメンくらいしか自分で作った事のない私は、これだけでも戸惑ってしまう。

主だったバイトのメンバーは、私と5人の女子高生。

それに、社長とその息子さんの専務が、できる限り助っ人に来てくれる事になっていました。

 

出勤途中、坂を降りて行くと、白良浜を見下ろせる所があって、その光景で今日がどれくらい忙しいか、ほぼ分かります。

日を追うごとに、白良浜の砂の見える面積は少なくなっていきました。

とは言え絶えず忙しい訳でもなく、青空をぼんやり眺めて過ごす時間もあります。

短期で短時間のバイトだから、大して給料にならないけれど、いいバイトかな?

しかし当然、お盆休みが近づくにつれ、どんどん忙しくなってきました。

お盆休みに入ってしまうと、どんな状態になるのか想像もしたくありません。

 

 

が、とうとうその日はやってきました。お盆の中でも今日がピークだろうという日が。

しかも快晴の夏空です。

坂を降りて行く途中、私はギクッと立ち止まってしまった。

白良浜の砂地が、あんまり見えないのです。

 

店に着くと、まだ嵐の前の静けさ。

今日のシフトは、私と女子高生3人、応援は社長。

どういった経緯でこうなったのか解らないけど、少なすぎる。

出勤してきた私の顔を見るなり、社長が言いました。「アッ枯木屋さん、今日ね、バイトのAちゃん体調不良でこれんねん」と。

私と社長は1.5秒見つめ合ってしまいました。事の深刻さを、お互い確かめ合ったのです。

噓やろ、Aちゃんは昨日元気に仕事していたではないか。

バイトの女子高生を、ちゃんと見ておいて欲しいとは、こういう事を言っていたのか?

相手の方が上手なのだ。

厨房は社長とCちゃん、客席係が私とBちゃん。

この日のお昼はバイト総出でもキツイと思うのに、全員で4人。

 

嘆く暇もないうちに、お客さんがゾロゾロゾロとやって来て、その後一気に殺人的な忙しさとなりました。

お客さんたちは、テーブルのグラスやら丼やらを自分たちで片付けて、席に着く始末。

それすら出来ない客は、テーブルとテーブル間に突っ立って待っています。

私は絶対、客とは眼を合わせないようにして、動き続けました。

Dちゃんが、いま何をしているのかさえ分かりません。

 

そんな状態の時間がどれくらい続いたでしょうか、パタッと客足が落ちました。

これで乗り切れたか〜?

私とBちゃんは肩で息をしていました。

Bちゃんは、バイトの中で一番小柄でひ弱そうだったけど、この時は凛々しく輝いて見えました。

 

ふたりで各テーブルを片付け終わると、私は社長のところまで行き、言ってやったのです。

「社長、このところ俺、腹が引き締まってますやんか。こんなバイトありますか? スポーツ選手やあるまいし」

社長は少し困った顔になっています。

厨房の奥へ行くと、大ジョッキに生ビールを一杯ついで戻ってきました。

それをぐいっと差し出し「まぁ飲みよし」

わたしはぐいっと受け取って、半分ほど一気に飲んでしまいました。

「・・・・・・」

あまりの美味しさに、声も言葉も出ません。

もう何十年か生きているけれど、これまでこんな旨いビールはあっただろうか?

いや、絶対にない。

Bちゃんは、自分で作ったかき氷を食べています。

 

私はジョッキを持って海に向かったテーブル席に座りました。社長は中ジョッキを持って斜め後ろの丸椅子に、腰を下ろしました。

日差しは幾分柔らかくなったように感じます。

何だかいい気分だ。これほどの短時間で、こんなにも穏やかな気持ちになってしまうのか?

視界に入っていない社長が30歳代の女性だったりしたら、肩を抱き寄せていたのでしょう。

 

 

ありがたいことに、9月に入っても海の家は数日営業を続けてくれました。

平和な日々です。

そんな時、外国人(白人)のカップル客がやって来ました。

食事の途中、男性の方がこちらに向かって手を挙げたので、Bちゃんが対応し、すぐ戻ってきて言います。

「何いいやんのか分からん」

「いや、俺だって解らんで」と思って話を聞いてみると、どうやら「今日は何故、花火の打ち上げがないのか?」と、質問しているようです。

白良浜では、お盆休みやゴールデンウイーク、年末年始に観光客向けに花火大会が催されています。

「そんなもん、何故もくそもないわ」とか「観光協会に聞いてくれ」とか、あるいは「今日は、ただの平日やんか」など、頭の中では考えましたが、英語に置き換えられるはずもありません。

とたんに頭痛が襲ってきて、「つでい、いづ、せぷてんばー」と口走っていました。

答えにはなっていないのに、その外人は「ウォー」と声を上げて、しっかり納得してくれたのです。

ほっとして戻ると、Dちゃんが「わー凄い」という表情(私の妄想)でこっちを見ています。

私は急に嬉しくなり、「俺ってもしかして、英語喋れるほうなんやろか?」と、思いました。

 

数日後、海の家は無事に店じまいとなり、夏が終わった事をしっかり実感させてくれたのでした。

 

そのまた数日後、会社から給料明細のファクシミリが送られてきました。

入金額7万6千円

私はそれを見て、心の底から有難く感じました。

社長と専務に、すぐお礼の手紙を書こうと思ったほど。

 

このバイト期間中は、他にもふわっと楽しい事はあったし、こんなに夏を感じた事もなかった。それに何より生活が切迫していたことも確かです。

しかし、そんなことを考え合わせても、この金額と有難さの感情が桁違いに解離している。

どこかで勤務した給料や、自営業の売上など、お金を振り込んで貰ってこんな気持ちになったことはありません。

人は、お金だけではない事はもちろんですが、でもこの体験にそんな意義深い事と繋がる要素が、これっぽちも見つかりません。

いまだに謎は解けないままです。

 

今から10年ほど前、その答えがフワッと浮かび上がったような気がしたのですが、すぐに消えてしまいました。

なんだか、虹色の霧のようでした。

 

 

いかがでしたか?

以上で『人生で一番旨かったビール』はおしまいです。

 

 

やっぱり少し長くなってしまいましたが、最後までお読みいただいてありがとうございます。

 

ではまた、次の記事でお会いしましょう

 

2022年5月25日 記

 

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