南紀ローカル通信

スキューバダイビングやキャンプ、映画や本などについて綴っています

ハードボイルド小説『今夜、すべてのバーで』

こんにちは、「南紀ローカル通信」の枯木屋ユージンです

 

数ヶ月ぶりの投稿は、本の紹介をします。

 

中島らも著 『今夜、すべてのバーで』講談社 1991年3月)

 

この小説を一言で簡単に説明すれば、アルコール依存症で入院した主人公の闘病記です。

ほぼほぼ、中島らも自身の体験だろうと推測できます。

 

私も結構な酒飲みですが、いくら飲むからと言ってアルコール依存症にはなりません。この小説を読むと、アル中でもない自分がアルコール依存症の人にとやかく言う資格がないことがよく解ります。

アルコール依存を正当化する気持ちはまったくありませんが、私にはアル中になってしまう人ほどの繊細な神経がなかったと言えるような気さえします。

 

闘病記として、なかなか壮絶な内容ですが、全編がユーモアで貫かれていて大変読みやすいし、エンターテイメントだとも言えます。

 

それが何故ハードボイルド小説なのか?

本のレビューと言うより、それこそが今回のテーマでしょうか。

 

以前、ハードボイルドとは、どんなジャンルなのか?と言う事をネット上で偶然見掛けました。

小説にせよ映画にせよ、人によって全然受け止め方が違っているのです。

 

例えば元殺し屋や、元CIAのスパイ物だったり、戦争アクションだったり。

定義はないので、これもハードボイルドのジャンルになるのでしょう。

 

私個人の捉え方感じ方では、やっぱりレイモンド・チャンドラーの小説に出てくる、トレンチコートとソフト帽のダンディな私立探偵、フリップ・マーロウのイメージが代表的なものです。

 

この探偵の行動だけを追って見ていると、スタイリッシュだわタフだわ頭脳明晰だわでカッコイイのですが、その根本は主人公の内面、人間性から来るものでしょう。よく使われる言い方がの主人公の美学なのですが、こう言ってしまうと何か安っぽい。

 

自分が損をしようが大変な目に遭おうが、理不尽な相手には屈することもなく泣き言も言いません。むしろユーモアに持ってくる。

 

話しが少し固くなりました。

 

では日常生活を送っていて、そんなハードボイルドな人物に出会ったことがあるでしょうか? 今の日本では絶滅危惧種のような人物です。

 

身近にはまず存在しないから、こんな人がハードボイルドな人ですという説明はなかなか難しい。

 

でも、そうでない人の説明は簡単です。

どこの職場にも、小学校のクラスにもゴロゴロいます。

いじめっ子が怖くて、いじめっ子の後について一緒に誰かをいじめる子供。

気難しい上司に、ここまで出来るかと思うほどヨイショして、隙あらば、同僚の評判を作り話をしてでも貶めようとする人。子供の世界も大人の世界も同じです。

 

この時点で既にあなたは、何人かの顔が浮かんでいるでしょう? 私は自分の過去何十年かをつぶさに思い出してみると、自分の顔も当然浮かんでくるのですね。

このような人間の弱さをどれだけ克服して、一個人として生きてゆけるか?そして自分以外の人間もどれだけ一個人として尊重できるか? それが出来れば出来るほどハードボイルドな人なんだろうと思います。

 

その時、この小説を思い出して読み直してみたのでした。二十年以上前の文庫本。

そう言った観点で『今夜、すべてのバーで』を読んでみると、中島らもは現実社会の中ではとてもハードボイルドな人だったのではないでしょうか。

アル中であろうがなかろうが、社会的に偉い人であろうがなかろうが、ハードボイルドな人はハードボイルドだし、そうでない人はそうではないのです。

それは小説の一行一行から感じる事ができます。

 

アル中になった自分を正当化することも、言い訳もしないし、人のせいにもしない。他人に対する接し方はある一定の距離を置きながらドライなようでも、眼差しは優しい。

これはハードボイルド小説そのものだ。しかも上質のお笑いなのです。

同じ本でも自分の人生経験でジャンル分けまで変わってしまいます。

 

話しは余談になりますが、何十年か前、私の妻が中島らも氏と何度か遭遇しています。

大阪環状線のある駅で、所用で降りて歩いていたら、中島らもを見かけたらしい。まったく同じ場所なので、事務所がその辺りにあったのでしょう。

 

 

声を掛けてサインでもしてもらったら良かったのにと言いましたが、とてもそんな事が言える雰囲気ではなかったそうです。

ほぼ真夏のような時期に黒いオーバーコート着ていて、誰も寄せ付けない目つきをしていたと。

そしてある時は、新しく開店した豆腐屋さんをずっと眺めていたと言います。

 

この時の中島らも氏の健康状態や心理状態は分かりませんが、色んな事を観察して面白おかしく言ってくれる人なので、十分あり得ることだろうと思いました。

 

でももし私がその場にいたら、無理にでも声を掛けていたかもしれません。

「『ガダラの豚』面白かった、『アマニタパンセリナ』本当に笑った、『今夜、すべてのバーで』は本当に良かった」

と、話しかけたように思います。

 

そうしたら中島らもは、私の眼の奥を5秒間覗き込んだ後、

「君、誰や?」

と、言うのではないかと。なぜか確信に近い想像をしています。

 

私はこれから先のそう長くはない人生を、少しでもハードボイルドに持って行ければいいなとは思っています。

が、まぁしかし、努力義務とだけ言っておくことにします。

 

ではまた、次の記事でお会いしましょう

 

2025年2月 記

 

nanki-local.hatenablog.com

 

nanki-local.hatenablog.com

 

nanki-local.hatenablog.com

 

nanki-local.hatenablog.com

 

nanki-local.hatenablog.com

 

nanki-local.hatenablog.com

 

nanki-local.hatenablog.com